このレポートの表紙はこちらから。西野達さんの作品「知らないのはお前だけ」 【54】 の、作品の一部として丸見えの家に3日間滞在。
今日の夕方、次の住人の方とバトンタッチして、私は東京に帰ります。
朝。
目が覚めたら、すでに兄は近所へ散歩に出かけており、居なかった。
母は「歩きたくない」といって、部屋でラジオ体操をする。
痩せたいけれど、動きたくない、複雑な乙女心だ。
今日が小須戸滞在最終日。
私も、ギャラリーがオープンする前に、この街の景色を見ておきたかった。
支度を済ませ、出かけようとすると兄が帰ってきて、また付きあって一緒に出かけてくれるという。
河川運搬で栄えたという、かつて小須戸の玄関口だった信濃川を見に行った。
早朝だと言うのに小学校では少年野球がもう練習を始めている。
真っ黒の小学生たちを横目に、信濃川の土手を上る。
見晴らしは良いけれど、河川敷までは遠そうだ。
あっさりと諦めて、家へ戻る。
少し遠回りして、中学校をかすめたら近所の人と一緒にゴミ拾いをしていた。
小須戸の町は町屋の並ぶメイン通りと、小学校や中学校の並ぶ住宅街だが、
用水路を挟んで向こう側は立派なライスビューが広がっていた。
収穫の時期を待ちわびて色づく稲穂たち。
今日は“あの”日曜日だ。
ここにやってきた時、カレンダーに書いてあった、ツアーバスが来る日。
ツアーバスは開場時間より少し早く、10時30分に来るらしい。
せっかくの生活展示だ。
ものすごく「パーソナル」な雰囲気を見せつけてやるぜ!
家に帰って和室で寝転ぶ。
ごろーんと。
だらしなく。
夏休み最終日が惜しすぎて、すねている小学生みたいに。
↑寝転ぶ私の視点。
……まぁ、そんな演出しなくても、そんな風に寝るしかないんだけど。
この、天井のない我が家は凄く暑い。
あと、蚊が多い。(たぶん、隣がプールだから)
エアコンと扇風機は24時間フル稼働させているが、それでも暑いのだ。
特に14~15時はピークタイムで、息する以外、何も手に付かない。
(それゆえ時間も長く感じる)
↑ギャラリー部分の天井と壁のつなぎ目に注目。
太陽の光が透過しており、屋根が乗っかっているだけなことがわかる。冬は寒そうだ。
何度時計を見ても、長針が全然動かない感覚。ひさしぶりだな。
やがて「開場します~」と言う声が2階から聞こえた。
どうやらバスが着たようだ。
うたた寝決め込む勢いで、ダダ漏れしちゃうぜ。
しかし……
実際、何人来たのか分らなかったけど、あっという間に「帰られました~」(この日のスタッフの方はそういう風にアナウンスしてくれた)と声が掛かる。
え?
ツアーバス旋風、もう終わり?
もっとパンダちゃんみたいに、フラッシュの洪水をバシバシ浴びられると思ったのに。
自分と時間を持て余し、寝っころがりながら家族を盗撮。
寝っころがっている故に、転地逆の視界。
あー……暇だ……。
その暇を持て余している感覚を全身で楽しむ。
考え事したり、眠ってしまおうかと思ったりしたが、案外眠れないものだ。
暇を持て余した母と兄が、例の紙粘土で遊んでいる。
遅ればせながら参加してみるけれど、紙粘土はすぐ乾いてしまう。
母が何か平べったいものを作っていたので、それは何かと尋ねると、新潟の「県の鳥」朱鷺(トキ)だと答えた。
先日、メイン会場のお土産屋さんで買った野鳥こけしを見本に作っているという。
白いままでは全然、朱鷺に見えなかったが、色を塗ったら朱鷺に見えた。
「やっぱり、朱鷺は色が重要だね」と母。
そこで、色でどこまで朱鷺に見えるのか、今まで作った紙粘土細工をすべて朱鷺カラーに塗ってみた。
人間の生首がまるでダークナイトのジョーカーのようだが、私が作った母である。
中央の餃子に見えるものは、兄が作ったラビオリ。
朱鷺の民芸品だから、テレビの上に飾った。
ふと「暇は無味無臭の劇薬」という言葉が頭をよぎる。
そうそう、新潟人には信じられないかもしれないが、この「朱鷺」という鳥がすぐに分るのは新潟の人だけらしい。
Wikipediaにもある通り、新潟の人は朱鷺(学術名:ニッポニア・ニッポン)を「ニッポンを代表する鳥」と思っているが、国鳥はキジで、朱鷺は新潟県の鳥だそうだ。
今までずっと、全国のみなさんが固唾を飲み見守る中、国の使命を負って保護している気持ちで居たよね。
あー、ビックリした。
すると、家のチャイムが鳴った。
今日は誰か尋ねてくる予定はないのだが……
なんと2階の人(ギャラリースタッフの方)がアイスを差し入れてくださった。
今日のスタッフの方は小須戸の方で、これは小須戸ッ子ならみんなが大好きな小豆アイスだそうだ。
さっぱりとしていて美味しい。
けれど、モタモタしてると溶けてしまいそうなほど量が多い。
アイスって急いで食べると、頭キーンになるじゃない?
「アイスの食べ方にはコツがあるんだよ」
と、兄。どんな?
「少しずつ食べること。口に入れる量が少なければ、早く食べても“頭キーン”にならないんだよ」
うそーん、まさか、まさかー? と疑って、実際にやってみる。
ひとさじほど軽く救ったアイスを、矢継ぎ早に口に放り込む。
サッパクッ、サッパクッ、サッパクッ、サッパクッ……ほんとだ、痛くならない!
新しいスキルを得てアイスを食べ終わると、部屋にはまた退屈が蔓延した。
東京の暮らしでは、有り難いことに退屈することがない。
毎日本当に面白くて、事件ばっかり起きていて、1日が24時間でも36時間でも、きっと足りないくらい、毎日ドタバタと過ごさせてもらっている。
だから、こんな退屈も、家族の時間も、今日が最後なんだなと思ったら、じっくり退屈を見ておこうと思った。
台所で洗い物をする母の後ろ姿。
すでに違和感のなくなった天井のない我が家。
ここを出発するのは16時ころの予定だ。
少しダラダラして、暑さのピークが過ぎると荷造りを始めた。
ここに居る間には全然書き終わらなかった「みずつちレポ」
毎日毎時毎分。面白いことがありすぎて、余すことなく書き残したかった。
なるべく早く、なるべく正確に、丁寧に、レポートを書きたい。
東京に戻ればまた怒濤の日々が待っている。
カナダの旅行記は、その怒濤に押し流されてしまったと言って良い。
今度は、流されない。
そう心に決めて、机を片付けた。
まもなく16時。
来た時の配置に机を戻す前に、やっておきたいことがあった。
「スイカを食べよう」
スイカは、私にとって夏休みの象徴だ。
ここを出る時の締めは、スイカを食べるとこっそり決めていたのだ。
三角に切ってもらって、母と、兄と、私と、3人で床に座り、スイカを頬張る。
ちょうど良いタイミングで観覧者も入ってきた。
私たちはそのまま、自然にスイカを食べ、下らない話を続ける。
「スイカ、美味しいですか~」
頭上から話しかけられる。
私は調子の良い感じで
「美味しいです! すいませんね~、なんか、うちばっかり、こんなゆっくりさせてもらっちゃって。上は暑いと思いますけど」
なんて言って笑いあった。
すっかりスイカを平らげて、部屋の配置を元に戻す。
ソファーはテレビの前に、机は、ダイニングテーブルに戻った。
ここは次の人の家になるのだ。
「作品になる」より、「家になる」と思った。
そうそう、ここを出る前に記録しておかなくちゃ。
母の車で、兄の家のある長岡市まで送ってもらう。
私は長岡駅から新幹線に乗り込んで、東京に戻った。
一週間の帰省は珍しくない。
けれど、こんなに新潟に触れ、家族に触れた一週間は初めてだった。
私は、新幹線の中で、初めて東京へ出て行った時のような、わずかな寂しさと心細さを感じた。
以上で、長かった「水と土の芸術祭2012」のレポートは終了です!
後日あとがきを書こうと思いますが、それはまた、改めて。
ちなみに、一週間で押せた私のスタンプラリーはこんな感じだよ。