2012
09.02
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【みずつちレポVol.09】2日目:旧齋藤家別邸『新潟が受け継いだ葉の館』

TRIP, 水と土の芸術祭 2012


新潟市で2012年7月14日から12月24日まで開催されているアートイベント「水と土の芸術祭2012年」
参加レポート2日目(の3回目)です。
このレポートの表紙はこちらから。節子、これ、みずつちレポやない!
ただの旧齋藤家別邸レポや!

新潟三大財閥の避暑別邸にハマりました。

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二階からのお庭の眺めです。

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もう、手すりの高さがさー、いいんだよね~。

続いて1階に戻りましょう。

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やっぱ、1階は1階で良い!

この家を立てた豪商・四代目齋藤喜十郎は衆議院議員、貴族院議員を歴任。
邸宅はかつて古町は東堀通り7番町にあったが、現在は「燕尾館」として白山神社内に移築。

この避暑と庭園鑑賞を目的に作られた館は主にお客様をもてなす場所。
個室はどれも茶室として利用できるようになっており、その一室一室からの風景も計算されている。

庭は砂丘の地形をそのまま利用し、くみ上げたわき水で滝谷沢流れを再現。
この回遊式庭園の作者は東京の二代目末もと幾次郎とその弟、亀吉と言われ、使用する名石は東京から運び込まれた物も多い。また、庭木ももちろん、さり気なく銘木をあしらい、粋な作りになっている。
そんなお庭は完成までには3年の月日を掛けたとか。

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一階大広間の前にあるこの清水を受ける赤い石……。
佐渡の赤玉石と呼ばれるもので、なんと日本三大石の一つ。
現在はもうほとんどとれなくなってしまった為、ここまで赤く、またこんな大きな塊は、お値段をつけるのもはばかられるほどの値打ちになっているとか……!

また、玄関に使われているのは最高級の御影石。

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最初にお客様をお迎えする場所だから、こだわって作られたとか。
また、写真は乗せませんが、かつての武士の時代に思いを馳せ「刀石」という
刀を預ける為の石なんかもありました。

グッときます。

庭門をくぐりましょう。

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中庭にあり、西の間から見えていたこちらは「井筒」。
井筒とは、実際には使用しない観賞用の井戸のことだそうで、茶室に向けて作られたそう。
おもてなしの心遣いです。

また、主庭へ抜ける道の脇には大きな葉の木があり、
古い葉が落ちる前からたらしい葉が出て来ることから、繁栄の象徴だそう。

「この屋敷を象徴する木をあげるなら、この木でしょうね」

ということばが、後々深く印象に残る。

1階からの庭全景写真がないのは、感動して取り損ねたのと、全景は私のカメラには納まらなかったから。

日本庭園は作られた年代によって流行や趣味が変り、いろいろな楽しみ方があるそうだけれど、基本的には「極楽浄土」を表した物だとか。

川を渡ってあの世へ行き、心身綺麗になってこの世に戻るらしい。

竹林を抜けて石橋を渡り、「田舎屋」と呼ばれる東屋を横目に大滝へ。

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落差4mの大滝は、かつて新潟県内で産出された海老ケ折石という高級石材を仕様。
現在はポンプでくみ上げているが、当時はわき水が流れていたらしい。

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庭の中腹から館を眺める。
心遣いの行き渡った庭園は、必ずどの季節に行っても花が咲くように計算されている。
けれど、この日、庭には緑以外見当たらない。
逆にレアな現象だと言われた。

庭の頂上には立派な茶室「松鼓庵(しょうこあん)」のある茶庭がある。
客人ようの茶室の入口には奇妙な松が。

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「根上り松」と名付けられたこの木は、最初からこの形をしていたわけではなく、この姿になってしまったとか。
ここに赤松は2本植わっているだが、いずれも同じように奇妙な形になっている。

そして……

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これがこの庭の隠れ主役「巨石」
江戸の大屋敷・伊達家から運ばれたこの石は重さ13トンもあり、
当時木造だった信濃川にかかる名橋「万代橋」を渡ることができず、
新潟駅から白山駅へ運ばれ、1ヶ月がかりで運搬されたそうです。

それほど、ルーツや格式にこだわって作られたのだなぁと思います。

また、庭園内には数々の石灯籠もあり、それぞれに云われアリ。

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↑この庭で一番の高さを持つ「大灯籠」十二支のレリーフが彫り込んであるが、いわゆる一般的な十二支のならびでないらしい。詳しいことはガイドさんも分らず。

最後の石橋。現世へと戻るこの橋は「御なりばし」と名付けられている。

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庭から主屋を眺める。

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手前の松は盆栽用の物。

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もういいって?

実はこの旧齋藤家別邸。
大正7年、1918年に建てられたのだけれど、齋藤家の物だったのは最初の30年ほど。
戦後は進駐軍の邸宅になり、昭和28年の1953年、新潟の建設会社・加賀田組が買い取り、自邸とし、3代に渡って居住します。
加賀田家は社会貢献に熱心な家で、市議会員を務めたり、文化財保護にも尽力するなど新潟市に大変貢献されたそうです。
また、庭園内の茶室に「松鼓庵」と命名してもらったのも加賀田家の計らいだそうです。

そして、平成17年の2005年。
この屋敷は加賀田家の手から離れることになりました。
これだけの大きな屋敷に、大きな庭。意地をするだけでも大変です。
しかし、驚いたことに、築年数が古過ぎる為、この建物は建築的価値が付かないとか!

ここは新潟の一等地。
新しい買い手は建物と庭を潰し、ビルを立てる計画です。

そこでこの建物と庭の素晴らしさを知る市民有志が立ち上がり、「旧齋藤家夏の別邸の保存を願う市民の会」を結成。

署名や募金、シンポジウムなどを行って平成21年の2009年、やっと新潟市のものとなり公共化。

一般公開の為の改修をすすめ、この夏、やっと至ったと言うわけです。

主庭園の入口にあった葉を繋いだのは、血族だけじゃなかったんです。

公開に当って名称を決める時、一番所有期間の長かった加賀田家は辞退したと言います。
自分たちは建設会社で、そのイメージがあるから、どうか新潟三大財閥だった齋藤家の別邸として、公開して欲しいと。

歴史にまつわる侘びと寂び、そして受け継いでいく葉の精神に、同じ新潟人として誇らしい気持ちになりました。

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……って、まるまる旧齋藤家別邸の紹介だったじゃないか!という指摘を甘んじて受け、
乳寄せまっせ~、次行きまっせ~!

スタンプ押して、友達と一緒に古町をプラプラしよう!
暑いから、あのアイス食べたい!

「旧齋藤家別邸の会(2012年解散)」活動の記録

水と土の芸術祭 2012 INDEX

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