カナダ観光局さん「オーロラ王国カナダ」のブロガー観光大使になって、2013年12月5日から5泊6日でカナダはイエローナイフのオーロラをハントして来ました!
いよいよ……最終日です。
この日は野生のバッファローを求めてハイウェイを北上。
ロングドライブでタカサカさんと話している中で「なぜオーロラ観光地には日本人ばかりいるのか」の理由が分りました。
上出先生のオーロラ便り
おはようございます。今のところ、太陽風は「ふつう」の状態です。つまり、今夜の地域では、平均的規模のオーロラが発生しています。あと数時間後に、再チェックします。
上出洋介
夏には「白夜(びゃくや)」、冬には「極夜(きょくや)」が訪れる、極北。
「白夜」は太陽が沈まない夜、「極夜」は太陽が登らない昼だ。
12月のイエローナイフは「極夜」とまではいかないけれど、日の出が10時30分、日の入りが15時と太陽の出番が短い。
寝坊してる太陽が起きるのを待って行って来たのは「パイロットモニュメント」
ビル4階相当くらいの丘の上から、グレートスレイブレイクを望む。
内陸に位置し、陸の孤島でもあるイエローナイフは、晴れると放射冷却で冷え込み、降水量は極端に少ない。
寒過ぎるため、わずかに降った雪は消えることなく、春になるまで残り続ける。
作物が育たず、外部から物資が命綱になるこの地域にとって、空輸は重要。
このグレートスレイブ湖の右手半分も、飛行艇の滑走路になっており、物資専用の空港になっている。
その飛行機が来る時は、「パイロットモニュメント」の奥にあるランプが灯るそうだ。
朝ご飯は都市部の地元の人御用達のお店に行った。
複合ビルに入っているので、このエントランスから店内へ。
もうほーんと、
何の変哲もないコーヒーショップ。
でも、地元の人はもちろん、観光客にも愛されているコーヒーショップで。フリーWi-Fiも完備。
パスワードを是非、店員さんに聞いてみて。ちょっと微笑ましくなるパスワードだから。
コーヒーディスペンサーで豪快にコーヒーを注ぎ……
今日のスープ・ポテト&ビーク(長ネギの太いもの)と、ターキーとクランベリーのサンドイッチをオーダー。
美味しかった!
最終日は野生のバッファローことバッファローの最大種「ウッドバイソン」と遭遇しにロングドライブ!
もちろん、相手は野生動物だから、出会えるかどうかは分らないけれど。
この日は本当に寒くて、-30℃前後。
ここまで冷えると上下水道などの水はもちろん、車のガソリンや、家の灯油、プロパンガスまで凍ってしまうらしい。
だから、プロパンガスなんかで言えば、ボンベそのものを温める機会の中に保管するんだって。
ちなみ、自動車もそのまま駐車しておくと、中のガソリンが凍って春まで乗れないばかりか、内部で凍ったガソリンが膨張して故障の原因になるため、イエローナイフの車には全てプラグが。
駐車場にはコンセントがあって、駐車する時はそこに車のプラグを差し、機械部を温めるとか。
そんなひと手間もふた手間もかかるイエローナイフのエネルギー事情、ドライブ前にガソリンスタンドに寄ると……
意外と普通だった。
市街地から車で30分。
イエローナイフ初日にお世話になった「エノダロッジ」の雪上車を発見。
ここで乗り換えて、ロッジに行ったんだなぁ。
雪上車はプラグがなくても動くなんて、さすがタフ!
まわりの木々は、こんな感じなのに。
この上の写真は暖房の効いた車の中から撮った写真。
湿度があって凍ることができる=凍れるくらい暖かい、という常識を覆す極寒地。
ちなみに、とても寒い、というと昭和生まれの人は「バナナで釘は打てますか?」という謎の質問を投げかけたくなる。
その質問の答えは、あいにく釘がなくて分らなかったんだけど、凍ったバナナは真っ黒になることが分ったよ!
更に車を走らせること30分、こんな案内板も出て来て、期待が高まる。
また、途中こういった看板も通り過ぎた。
ここ、自然公園の中なのだね。
タカサカさんが、何やら見晴らしの良さそうな所に車を止めてくれた。
なんか、素晴らしそう……!
ここもグレートスレイブレイクの端っこ、「ノースリブ」というところらしい。
きれいだよー!
バッファローとバイソンは、実は同じらしい。
意を決して湖の方へ行ってみる。
この独特の光加減。
なんなんだろう。
この、淡く、優しくてピンクっぽい光は。
太陽が見える方もカッコいいし……
その反対側の何とも言えない色味も素晴らしい。
空気は冷えきっているはずだけれど、湿度がないのでサラサラと頬に当たる自分の髪が気持ちよい。
「フロントバック」というアプリを使って撮った写真。
下の地平線と空の境目のない色味が、目で見た印象に近い。
こんな素晴らしいところに、私の足跡だけスゥッと付けさせてもらえる贅沢。
大興奮してしまって長居したかったけど、寒いし、何より目的はバッファローだった。
急ぐことないのに、駆け足で車に戻る。
ふたたびタカサカさんと二人きりのロングドライブ。
話題はタカサカさんが、オーロラ写真家になるまでの生い立ちになった。
どうやったら、オーロラ写真家になれるのだろう。
やっぱり、子供の頃から写真が好きだったんだろうか。
タカサカさん「いいえ。日本にいた頃はカメラに興味を持ったことなんてなかったですよ! でも、僕は人生の中で4回バブルがあったんです」
高校生時代も決して真面目な学生ではなかったと言うタカサカさん。夜な夜な六本木や麻布へ繰り出し、生きた英語を学んでいたらしい。
卒業後、同じく六本木でバーテンダーをしつつ、英会話学校に通うも外国人女講師にナンパされるなどのモテ男ぶり。
タカサカさん「時代がバブルでしたからね、まずは1回目のバブル体験です」
20歳になり、ワーキングホリデーでバンクーバーへ。
タカサカさん「子供の頃はアメリカが好きでね。本当はニューヨークへ行きたかった。ワーキングホリデーで行ける一番近い場所で選んだら、たまたまバンクーバーだったんですよ」
そこには英会話学校で出会った「女講師」も偶然暮らしており、自然と交際スタート。周りのカナダ人の友達の影響もあり、次第にアメリカへの憧れはなくなって行ったとか。ちなみに、結局まだ1度もニューヨークへ行ったことはなくて、今となっては行きたいとも思わないそうな。
得意の英会話を活かして着いた仕事は、大手旅行会社でのVIP向けのツアーコンダクター。
ビジネスクラスに乗って東カナダのナイヤガラから、西カナダのカナディアンロッキーまで移動するような富裕層向けを担当していたらしい。
タカサカさん「向いてたのかもしれないですけど、忙しくてね。楽しかったけど本当に忙しかった。お陰でたくさん稼げましたけど。これが2度目のバブルです(笑)」
2年従事したあと、ワーキングホリデービザが降りず、とはいえ日本にも戻りたくなくて地元の高等専門学校に編入。コンピューターと数学、物理を勉強する。
タカサカさん「だから僕、物理の用語とか日本語だと分らないんですよ」
23才になって卒業し、学生ビザも切れ、いよいよ帰国かと思われた頃、彼女の引き止めあって結婚。
タカサカさん「ハネムーンで訪れたのが、イエローナイフでした」
当時、小中学校の先生をしていた奥さんは、ハネムーンで訪れたイエローナイフが気に入り、その足で地元の小中学校を訪れて面接。見事職をゲットして、移住することに。
タカサカさん「こっちの出来る先生はみんなそうなんです。暮らしたい街を見つけて、地元の学校に自分を売りこんで好きな土地で暮らすんです」
国際結婚したタカサカさん、バンクーバー在住時に移民申請をしたものの、時は香港返還によるカナダ移住ブームのまっただ中。移民届けの受理には5年かかると言われたそう。
仕方なく、2500kmの道のりを日産マーチに乗って、バンクーバーからイエローナイフに引っ越して来たそうな。
イエローナイフで移民申請を出そうと思ったら、当時は今よりもっと田舎だから移民局自体がない。全ての役場仕事を請負っているような支所しかなく、そこで事情を説明し、書類を集めて提出。再度来るように言われた期日に行ってみたら……
タカサカさん「明らかに僕が提出した書類が未開封だったんですよ。(笑)向こうもまずいって顔してましたよね。このままじゃ仕事ができないとかなんとか訴えたら、なんと2週間後には移民申請が降りました。バンクーバーでは5年と言われた申請が、2週間で受理されたんです(笑)」
晴れて仕事を探すことになったタカサカさん。
けれど、考えてみたら経験ある職歴といえば、バーテンダーの他は旅行会社くらい。
ちょうど、イエローナイフの旅行会社から、働いて欲しいとオファーがあったそうなんですが。
タカサカさん「バンクーバーで働いていた時、本当に忙しくてね。あんなに忙しいのはもうイヤだったんです。」
二の足を踏むタカサカさんに、なおも食い下がる旅行会社。
それには理由があった。
タカサカさん「当時、まだオーロラツアーは形ばかりのもので、ほとんどないも同然だった。オーロラ研究の第一人者である上出先生が、カナダ観光局に“イエローナイフで良いオーロラが見れるからツアーをやれば良い”と働き掛けたところで、需要はありそうだったんだけど、カナダ人には日本人の求めているサービスが分らなくて、苦戦していたらしいです」
タカサカさん夫妻ももオーロラの魅力があったからこそ、この移住を決めた。
イエローナイフのオーロラの凄さには、タカサカさんも納得していた。
そこで、バンクーバーで働いて来たノウハウを生かせるよう、タカサカさんの好きにツアーを組めるなら引き受けると言う条件付きで従事。
ところが……。
タカサカさん「旅行パックを売るにはやっぱりチラシが重要。当時はインターネットなんてまだ機能していなかったし、なによりオーロラの写真自体がない。凄いオーロラが写っている写真がなければ、旅行が売れるワケないじゃないですか。だから僕が撮り始めたんです」
コヤナギ「ええ!? そこで!?」
タカサカさん「そうです。もう試行錯誤の連続ですよ。まだフィルムですし。旅行を売るためにオーロラ写真は日本にたくさん売りました。もうほとんどタダ同然でね。そのせいで、当時日本で見れるオーロラ写真はほとんど僕の写真でしたよ。(笑)その甲斐あって、僕の作ったオーロラツアーは売れ、初年度300人のお客さんが翌年には800人、その次には1500人と倍々ゲームにふくらんで……。これが3度目のバブルです」
コヤナギ「スゴい……」
タカサカさん「オーロラビレッジも出来る前でしたからね。でも忙しすぎてイヤになってしまって、会社は辞めて独立したんです。でも9.11があったりして、観光客は半数に減り……。結局イエローナイフには7年くらい暮らしたかな。その後、むかし奥さんが暮らしていた先住民の村に暮らしたりして……そこは水上飛行機で30分、船で4時間掛かるほど辺鄙な場所で、グリズリーがたくさんいるんだけど、食料が豊富だから襲って来ることもなくて、一緒にジョギングできるようなのんびりとした村でした。それから、奥さんに校長先生としてのオファーがあって、今のブリティッシュコロンビア州に引っ越したんだ」
コヤナギ「グリズリーとジョギングなんて、ディズニーみたいですね」
タカサカさん「いつの間にかオーロラ写真で有名になってしまって、その甲斐あって世界の自然写真家が集まる団体TWANのランドスケープアストロフォトグラファーになって。だから僕のもともとの職業はツアーコンダクターで写真家としての撮影ツアーの他に、マスコミ向けのガイドや、今回みたいな面白そうなツアーガイドは引き受けてるんだ。だから今が、4回目のバブルかな」
コヤナギ「な、なるほど……。恐れ入ります。」
またタカサカさんがデジタルで撮り始めたのは2005年と遅めだとか。
いやー、そんな上出先生からオーロラ予報を頂き、タカサカさんに案内して頂いてるかと思うと、なんて至高のオーロラツアーなんだ……ん、待てよ?
コヤナギ「もしかして、日本人のオーロラツアーブームって、オーロラ研究の第一人者である上出先生がたまたま日本人で、その時ツアーを担当したタカサカさんに、たまたま写真のセンスがあったから、オーロラツアーブームが起こったんじゃないでしょうか。」
タカサカさんは笑いながら「そうかもね」と言った。
タカサカさん「うーん、これ以上行くと日が暮れてしまうから、残念だけどバッファローは諦めよう」
私は驚くべき事実を知って、もはやバッファローのことはどうでも良かった。
見れなかったのは残念だけど、オーロラツアーに日本人が多い謎が解けたことに興奮した。
それどころか、ノースウェスト準州は「世界オーロラ首都」宣言をして、世界に向けてオーロラツアーを売り込もうとしている。
これから世界で起きようとしているオーロラツアーブームの発端なのだ。
早い夕暮れに染まりゆく空を眺めて、これが今回最後の夕焼けになるのだということに気がついた。
コヤナギ「すみません、さっきのノースリブに、もう一度行きたいです」
少し暗くなった湖面の上に、月が浮かんでいた。
凍って膨張した湖には規模の大きい「神渡り」が出来ている。
より一層大きくなったグレーの「地球影(ちきゅうえい)」を見て、この旅を終わりを感じ、切なくなった。
ホテルに戻って装備を整え、最後のオーロラハントに出発する。
夕飯はオーロラビレッジのレストランで頂く。
今回は、団体客しか味わえないビュッフェに、韓国人団体観光客に混ぜてもらった。
立派なテーブルメイキング。
オーロラが観測できるほど市街地から離れているのに、どうやってこのポカポカの暖房を維持しているのだろう。
お手洗いなんて水洗だった。
こんなにしっかりしたバーカウンターまで完備されてる。
メインディッシュのバッファローのステーキは、シェフのピエールさん自ら切り分けてくれた。
野生のバッファローには出会えなかったけど、美味しいバッファローはお腹に入れて持ち帰れそうだ。
野菜も、手作りのパンもおいしかった~!!!
デザートには伝統の「パンプディング」を。
「プディング」の語源は「詰める」らしく、その名の通りパンを固めてブランデーに漬けたカナダ(というかヨーロッパかな)の伝統的なお菓子。
上出先生のオーロラ便り
あと少し(30ー60分)で、すごいことになります。
上出洋介
さて、いよいよ最後のオーロラハントだ。
抜かりなく挑むぞ……と思ったら、ない!
予備のバッテリーが、ない!
寒冷地での撮影は、寒さのあまりバッテリーが凍ってしまう。
だから、予備のバッテリーを使って、交互に温めながら使うのだ。
オーロラ撮影の必需だから、大事にしてたのに、大事にし過ぎて落としてしまったらしい……。
ええーい、ないものは仕方ない。
バッテリーを大事に使って、最後のオーロラハントに挑むのだ。
オーロラはすぐに出た。
相変わらず露光時間には迷っていて、夜の闇の黒さや、オーロラの淡さをどうすれば残せるのか試行錯誤していた。
私以外のひとが見ても、なんにも代わり映えのない写真なんじゃないかと、少し心配になる。
イエローナイフのオーロラは、とにかくスケールがデカい。
空全体にかかるので、とても普通のレンズの画角では捉えきれない。
それでもなんとか遠景にして収めたい欲求に身を任せて、私は極寒の気温も忘れ、オーロラビレッジ内を移動する。
……動いてる方が暖かい説もある。
上出先生のオーロラ便り
磁場のデータによると、約40分前に、チャーチル(ハドソン湾西側)とイエローナイフ数度北で、ブレークアップ。イエローナイフの北の地平線で明るくなっていたのは、それを南側から見ていたのです。まだ、エネルギーが残っていますので、引き続き patient!
今日の磁気圏は、オーロラの理論を知らないみたい。
上出洋介
イエローナイフに行って、プラネタリウムが好きになった。
今までプラネタリウムで見れるあの星空は、フィクションかと思っていたら、そんなことはないのだと知ったから。
下手したら、プラネタリウムよりよく見えたかもしれない。
オーロラ観測だけでなく、イエローナイフの澄んだ空気と天候が成せる技だ。
上出先生のオーロラ便り
今日のオーロラは、典型的とは言えません。コヤナギさんにいろいろな姿態を
見せようとして、形の豊富さで迫ってきたようです。まだ、エネルギ-供給は
続いていますから、最後にどかーっとすごいのが来るような気がします。上出洋介
空の色のバランスが、だいぶ上手に撮れるようなった気がする。
お世話になったティピも撮っておこう。
初日にベースキャンプになった「9番」ティピ。
露光に悩む。
オーロラは弱まったり強まったり。
爆発するかと思いきや消えてみたり、女心と極北の光だ。
オーロラが弱まると、とたんに月の光が眩しく感じる。
満月ではないけれど、ふくふくしくなった月の光は、この闇の中では恥ずかしいくらいに明るい。(月光なのに、太陽のようなフレアが出てる)
空にこんなに星があるなんて、本当に知らなかった。
こんなにゆっくり、雲を気にせず夜空を見上げたことはない。
離れて撮れば、人が居ないような写真も撮れるんだけど、イエローナイフ最終日だと思うと、ここに「オーロラが見たい」という同じ気持ちを持った「同志」がたくさんいるのが嬉しくなった。
たかが自然現象を追い求めて、こんなところまで来てしまって、その魅力をこの目で見ている同志。
黙々と撮影したり、ライトを照らして記念写真を撮り合う者、椅子に座って眺めるもの。
楽しみ方もそれぞれだ。
上出先生のオーロラ便り
しゃきっとした、ケジメが足りません。私は、ずっと南側に留まっているオーロラが「要注意」だと思っています。いつでも、ブレークアップにいき、 poleward expansion の明るいオーロラが舞うのではないでしょうか。
上出洋介
淡いオーロラも、最終日ともなると目で見つけられるようになる。
モヤのようなオーロラも風情があっていいんだ。
そうかと思えば突然強まったり。
テントから登るストーブの煙と、オーロラが合体した。
また、オーロラが空全体に立ち上る。
私は身体をのけぞらせて、すぐに観念して雪に仰向けに寝転んだ。
次は、いつ見に来れるだろうなぁ。
撤収時間が近づき、我に返ると瞼に違和感を覚えた。
ハ! もしかして、「アイスマスカラ」が凄いことになっているのでは?
自分撮りしてみてもよく分からない。
(ファーが凍り付いてるのは分る)
iPhoneで撮ってみよう。
シャワーを浴びて荷造りをして、早朝4時集合のバスに乗って空港へ行くのだ。
上出先生のオーロラ便り
お疲れさまでした。今回の5夜の観測では、いろいろなタイプのオーロラをみることができましたね。オーロラ予報が100%当たらないのは、貯まったエネルギーをどのように放出するかに、いろいろあるからです。今日の予報が一番難しかった!! まだ、イエローナイフの南の地平線近くに立派な大規模な東西オーロラが横たわっていますが、これがいつ爆発するか、あるいはすこしずつエネルギーを使い果たして消え去るか、誰にも分かりません。朝、エアポートで、ターミナルビルから飛行機まで歩くとき、あたりを見回してみてくださいね。ひょっとして、ゆうさんを見送るために、いまはエネルギーを蓄えているのかも知れませんよ。
現地にいれば、オーロラの動き等の情報が刻々と入力できますが、東京にいて、人工衛星のデータをのみ使って予報することには限界があります。(それにしては、大まかにはよくあたるでしょ)
今から2時間前に、太陽風のエネルギーが磁気圏に入ってくる「窓」が閉じました。ホントにお疲れさまでした。飛行機内は音がうるさいから、いびきでもおならでも、遠慮せずによく眠ってください。
上出洋介
タカサカさんとは、ホテルのロビーでお別れ。
再会の約束をして、お礼を言って、ハグをする。
本当にお世話になりました。
朝5時出発の飛行機に乗り込むまで、上出先生からオーロラ予報は届いた。
上出先生のオーロラ便り
予告したように、南の空にあった大規模のオーロラが飛行機を見送っていましたよ。ご覧になりましたか。またどこかでお会いしたいですね。
上出洋介
強い光に照らされた機体の上に、気持ちでオーロラが見える気がした。
飛行機はカルガリー経由。
私にとってのカナダの象徴=ティムホートンで最後のコーヒーを楽しむ。
カナダ、次はいつ来れるかな。
また、この地は私を呼んでくれるかな。
日本までのフライトは、あっという間だった。
これで、私の冬オーロラ、バンクーバー・イエローナイフ日記はお終いです。
だけど、この「イエローナイフへ行く理由」はあと2回、続きます。
次回はイエローナイフで買ったお土産の紹介と、「あわやオーロラ写真損失の危機!」編。
そして最終回はまとめ・あとがきと、ステキな映像作品が届く予定。
もうしばし、お付き合いくださいませ。
上出先生のオーロラ便り
お帰りなさい。ホントにユウ意義なイエローナイフ滞在でしたね。この数日をオーロラ的に振り返ってみますと、実にいろいろなタイプのオーロラが出ました。ふつうの(もっとも多いタイプ)オーロラ、磁気嵐が発生し、赤い色がくっきりと出たオーロラ、そして最後の夜のだらだらとしたオーロラ(おそらく、 学界ではSMCと呼んでいるタイプ)もありました。オーロラだけではなく、楽勝の快晴もあり、雪が降ってやきもきしましたが奇跡的に晴れてくれた日もありでした。まずは、ゆっくりお休みください。
上出洋介
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Yuichi Takasaka Photography | 私のガイドをしてくださったオーロラ写真家で日本のオーロラブームの立役者
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くわしい写真満載:この日のリアルタイム更新(コヤナギ)
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