ハロー!
国内外問わず、いろいろなところへ旅してレポートさせてもらう機会が増えたコヤナギユウだよ。
旅って楽しいよね。
まず単純に電車や飛行機、自動車はバスでも移動が楽しいし、異文化に触れて知見が広がるのは人生を豊かにしてくれる気がする。
でも、最近気がついたことがあるんだ。
わたし、たぶんきっと、そんなに〝旅〟が好きなわけじゃない。
もちろん、最初に書いたように移動や異文化に触れることは大好きだし楽しいよ。
でも〝旅〟でどこかを訪れて帰るとき、いつもなにか心残りなんだ。
どんなに有名な観光名所を見ても、美味しいものをいただいても、期間が長くても短くても。
〝旅〟では満たされない自分がいるんだよね。
じゃあ、わたしは大好きな〝移動〟や〝異文化〟になにを求めているんだろう。
たくさんのレポートを書きながら、ひとのレポートを読みながら、ずっと考えていた。
それであるとき、ふっと気がついたんだよね。
わたしは、〝暮らし〟に興味があるんだって。
訪れた場所で、そこに暮らしている様子を妄想するのが好きだから、旅から帰るとき、強く心残りを感じるのは暮らしに近い場所を見られなかったとき。
スーパーマーケットや市バス、働いているところや、特別キレイってわけではない地の足のついた自分の部屋があるような気がする。
そういうものに触れられると、その土地はわたしにとって特別な場所になる。
今回、青森は津軽地方にある〝弘前(ひろさき)〟で、一泊二日の〝クリエイター移住体験〟をしてきたよ。
ちょうどいいサイズ、弘前の街
(タッチで拡大できるよ!)
東京から弘前への行き方は大きく2つ。
羽田から飛行機で青森空港へ。そこからバスで1時間くらい。
または新幹線で新青森駅へ。そこから奥羽本線で1時間くらい。
あ、深夜バスで10時間って手もあるね。
弘前についてしまえば、街中自体は非常にコンパクト。
そりゃ車があった方が便利だけど、短期移住や観光くらいなら、徒歩でけっこう生活圏が回るサイズなのだ。
自転車なんてあれば文句なしだね。(レンタサイクルはいろいろなところでやってるよ)
みんなで〝考える〟コラーニングスペースHLS HIROSAKI
今回は〝クリエイターの短期移住体験〟ということで、まず最初に訪れたのは大事な仕事場。
看板には「コワーキングスペース」ならぬ、「コラーニングスペース」って書いてあるけど……あらやだ誤植?
コワーキングとは2000年初頭にアメリカで始まった働き方で、自分の仕事を持った個人が集まり、オープンスペースで隣り合って仕事をする、というもの。やっている仕事は別々でも、さまざまな業種の人と知り合えて、リフレッシュできたり、思わぬ化学反応が起きたりと、とってもイマドキな働き方なのだ。
ここ、コラーニングスペースHLS(Heat Lighting Station)HIROSAKIも、電源やWi-Fiを提供して、場所を借りられるみたいだけど……え? 学生無料!?
っていうか、〝コラーニング〟ってなんなの??
「コラーニング」とはともに考える、学ぶという意味です。わたしはもともと教職者でいつか学びを場を作りたいと考えていました。わたしも移住組なんですよ。青森には妻の実家が鯵ヶ沢で、夏休みなどのたびに訪れてはいたんですよね。経営コンサルや企業研修を行っている会社に転職し、弘前へ移住してきました。いまも事業創出やコンサルタントがメインです。だから、ここ(HLS弘前)で収益を上げることが目的じゃないんですよね。
そう話すのはHLS弘前の辻正太さん。
明るくて広々としたHLS弘前のワーキングスペース。
奥の黒い壁は黒板になっていて、ここを利用してる学生達が書いているそう。この日はクリスマス前だったのでオーナメントが。上手だね。
ん? 天井からぶら下がっているのは……?
HLSって書いてある。
あ! 金魚!
ねぷたの金魚になってる。弘前っぽさちゃんとがあるね。
教職員であったときに、学校の勉強だけでは子ども達を〝育てきれない〟と思ったんですよ。
ちょうどその頃、弘前でも移住者が集まって出会えるような〝場〟が足りないという話を聞いていて、「コワーキングスペース」が必要だっていうムードになっていたんですよね。じゃあ、作りますか、って話になったのが今年の1月くらいです。
え!?
3月にはこの場所が見つかって、HLS弘前は4月にオープンしました。
展開早すぎません!?
ははは。タイミングってあるんでしょうね。HLS弘前の利用者は8割が学生です。毎月1回はイベントもやっていて、いろいろな職業の県外の人を呼んでいます。
弘前で活躍している人ではなくて?
はい、県外の人を呼ぶということは決めているのですが、ジャンルはこだわっていません。普通に生活していては出会えない人に会うことで、新しい発見があると考えています。そこから新たな学びが生まれて、弘前の学生をはじめ人材が育っていけば、結果的に弘前がおもしろくなると考えているんです。
辻さんは静かな口調ながら、見え隠れする熱意があった。おもしろい人に出会うには、いろんなセミナーに参加するよりも、HLS弘前に入り浸っていた方が純度高そうだなぁ。
Heart Lighting Station弘前(HLS弘前)
青森県弘前市土手町133 西谷ビル 1F
OPEN 10:00 – 19:00
HOLIDAY 木・日
シードルは〝罠〟! りんご農家の未来を斜め上の方法で考えている弘前シードル工房kimori(キモリ)
刺激を受けて仕事をした後はリフレッシュ!
実は弘前へ来たら必ず来ちゃう、大好きな場所がある。
国内の約65種類1300本のりんごの木が育てられて、見晴らしのいい小山が気持ちいい「弘前市りんご公園」……の中にある、シードル工房kimori(キモリ)!
上の写真は夏に来たときのものだけど、今回は12月上旬だったので、目の前の風景はこんな感じ。
りんごの収穫を終えて、りんご農家の方は出荷の真っ最中。
でも、あれ? 右の方の木に、1つだけりんごを収穫し忘れているみたいだね。
外はひんやりとした雪景色だけど、真っ白な三角屋根がかわいいシードル工房kimoriの中は暖炉でポカポカ。
それに、今年の9月に収穫したばかりの「つがる」という品種のりんごを使って作った、早出来の期間限定シードル「ハーベスト」があるよ。
kimoriのシードルは「無濾過製法」。りんごの果実感を楽しめるのが特徴だ。また、炭酸もあとから人工的に追加する製法が多い中、タンクを密閉し絵二次発酵させる自然な製法を採用。やさしい舌触りの炭酸が楽しめる。
中に入るとふわーっと、桜チップを燃やした燻製のような香り。
ここで使われている薪ストーブの薪は、もちろんりんごの木。りんごは桜とおなじバラ科だから、似た香りがするみたい。
1月に剪定したりんごの木を夏のあいだ乾燥させて、秋口に薪として割るんだって。
お話しを聞かせてくれたのは、弘前シードル工房kimoriの代表・高橋哲史さん。
うちは6代続くりんご農家なのですが、家を継ぐつもりは全然なかったです。東京に出て、映像の仕事に就いて、それに満足していました。
ある日、母が病気に倒れて初めて、収穫の手伝いに来たくらいですかね。
でもそのとき、母が〝謎の言葉〟を残したんですよ。
「あのりんごの木は、大丈夫かな」って。
自分が生きるか死ぬかっていう病床の中で、なんの心配してるんだよ、と。
知ってますか、りんごの畑って放っておけないんですよ。それまで、りんごがあるのが当たり前で、秋になれば美味しい実が勝手になるものだと思っていたんですけど、そうじゃない。雪が降ったり梅雨があったりするような、こんな降水量の多い地域でバラ科のりんごの木はそもそも適さないんです。だから、1年間畑を放っておいたら木は全部ダメになってしまう。だから、ちょっとした親孝行くらいの気持ちでりんご農家を継ぎました。そのときもりんごの仕事はイヤでイヤで。全然おもしろいと思えない。毎日、東京に戻りたいって思っていました。
秋の収穫が終わると、冬に〝剪定〟をします。
これがその後の木の善し悪しを左右する作業です。いろいろ調べて、書いてあるとおりに剪定してみたんですけど、春が来て、夏が来て、秋が来て、りんごがなって、食べてみたら全然美味しくない。
放っておいても勝手に美味しくなるはずだと思っていたりんごが、全然美味しくないんです。それまで美味しかったのに。よくするために剪定したはずなのに、悪くなってしまったんです。もう「なんで」って気持ちでいっぱいですよ。
その年の剪定も、自分なりに頑張ったつもりです。でもやっぱり上手くいかなかった。「なんで」です。その次の年も、次の年も。全然思ったとおりにならない。相変わらずりんごの手入れは全然楽しくない。でも、冬に年に1度やる剪定に関しては、「なんで」「なんで」「なんで」、それでいっぱいですよ。
そして、ある年。ちょうど剪定に挑戦して5年目ですかね。初めて、手応えを感じる剪定ができた気がする木があったんです。それからは、いつもその木のことが気に掛かってね。特別な一本になったんです。ちょっと強風が吹いたり、雨が降ると木のことを思い出すんです。あの木、大丈夫かなって、そのときハッとしました。母が病床でつぶやいたあの〝謎の言葉〟、このことかって、思えたんです。
この日は、シードル工房から移動して、初めて高橋さんのりんご畑も見せていただいた。
雪が降り始めて、うっすら雪が積もり始めている。
弘前にとってりんごはあって当たり前の存在で、誰も買ったりしません。もらうものです。でも、りんごの収穫が多いとりんご箱屋さん儲かって、流通業者が儲かって、そのお金でみんな飲みに行って街全体がうるおって、りんごが弘前に与えている経済的影響力は絶大です。でも、同年代のりんご農家はほとんどいないんですよ。あくまで僕の感覚的な数字ですけど、跡継ぎのいる農家は3割にも満たない気がします。僕も親に農家を継げって言われたことはないので、たぶん、僕らの親の世代は当たり前のようにりんご農家を継がされて、子どもにはそういう思いをさせたくないって思ったんじゃないですか。でも、現実は過半数の農家が高齢化したら、跡継ぎがいませんから、このままでは弘前のりんごの生産量は半分以下になってしまいます。あと20年もしたら、りんご農家がその「3割程度」になってしまうかもしれない。それは、りんごの危機というより、弘前全体の危機になると思うんですよね。
はい?
罠?
怖い顔で深刻な話をしてても、誰もめんどくさそうで近寄らないでしょ。みんなでわいわい、楽しく集まっている方が「なになに?」って近寄っていくでしょう? 人が集まったら、なにが欲しいですか? 酒でしょう。だったら、シードルで乾杯しましょうよ、と。
なるほど。では「kimori(キモリ)」ってどういう意味ですか?
収穫が終わった木にりんごが1つ2つ残っていることがあるでしょう。
はい、さっき見かけました。
あれは今年収穫できた感謝と、来年の豊作根を願って畑の神様に捧げる風習で「木守り(きもり)」といわれています。りんごの木や、実や、畑や、先人が守ってきたものを将来へ繋いでいきたい、という思いを込めて名付けました。
高橋さんとは何度か面識があって、初めて会ったときに聞いた剪定の話が、人間の人生になぞられた巧妙な語り口で、ものすごく引き込まれたのを覚えている。だけど、りんごの話はまったくせず、シードルじゃなくてビールしか飲んでなかったり、ホルモン(弘前のバーベキューといえば豚ホルモン焼きらしい)の話しかしなかったりして、どこかいつもひょうひょうとしている。
でも、話せば話すほど興味が尽きない。
そして、弘前りんごのこれからにも、注目だなぁ。
弘前シードル工房kimori
弘前市大字清水富田字寺沢52-3
OPEN 9:00 – 17:00
難読でも美味しければひとは来るでしょ! プレミアムハンバーガーのカフェレストランDUBOIS(デュボア)
おわああ、雪がすごく降ってきた!
そしてお腹が空いたから、次に訪ねたのはハンバーガーのカフェレストランDUBOIS(デュボア)!
わたしが弘前を紹介するときに必ずいうのが、外食が美味しいってこと!
「田舎」って、だいたい食材美味しいじゃないですか。
農家が近くて、土地が良くて、農作物も海産物もとっても美味しい。だけど、これは「地方あるある」だと思うんだけど、素材のおいしさにあぐらを搔いて「美味しいお店」が全然なかったりする。そもそも人口が少ないからかも知れないけれど、飲食店の選択肢自体がとても少なくて、やっとあってもファミレスだったり、居酒屋も料理は不味かったり、その土地の美味しいものの恩賜を得られるのは家庭料理だけ。地元の人と仲良くならないとありつけなかったりする。
そこいくと、弘前にはもともと喫茶店文化もあり、食材を求めて移住してきたこだわりシェフがいたり、イタリアンからフレンチ、もちろん和食だって「これは!」というレストランがいっぱいある。もちろん、和食も美味しい。スナックもバーもある! 外食の平均点がとても高いのだ。
そんな弘前の中で「美味しいと話題のハンバーガーショップ」なら、期待して間違いない。
でも、「DUBOIS(デュボア)」って何語?
ロッジ風の店内に扉を開けるといきなりのオープンキッチン。
地元の最高食材を利用したカフェレストランと聞いていたけれど、食材だけでなく見通しのいいキッチンで調理過程からも〝安心安全〟を感じ取れる。
まずは人気商品だという手作りジンジャーエールを注文してみた。
かわいいジャーグラスに入ってきて、たくさんのスパイスの香りが。いい意味で弘前にいることを忘れてしまう。
初めまして、コヤナギユウといいます。名刺ありがとうございます。あれ、名刺に書いてあるイラスト、井上さん自身ですよね? 山伏の格好してますけど、山伏なんですか?
前世ね。
よし、とりあえずスルーだ!
カフェレストランDUBOIS(デュボア)のオーナー井上信平さんは、制作会社0172 design studioの代表でもあるそうだ。「デュボア」ってどういう意味なんですか?
「デュボア」はフランス語で森って意味なんだけど、実は名前に意味なんてないんだよね。僕は仕事で制作をたくさん行っているけれど、自分の店だから実験をしてみたかったんだ。お店の名前は覚えやすくていいやすくないとダメだっていうでしょ? でも、そんなことないんじゃないかなって。美味しければ店の名前なんてどうでもいいんじゃないかと思って、覚えにくい、いい肉お名前にしてみました。名付けたのも僕じゃなくて事務所の女の子です。
確かに、店名って割と覚えてないし、分からなくても〝あそこのハンバーガー食べに行こっ〟ていうだけですもんね。
あ、今回は一泊二日の〝クリエイター移住体験〟をさせてもらっています。
いまはいいよね。なんかそういうのあって。
井上さんのご出身は兵庫県と関西出身で移住組なんですね。なんでまた弘前に?
20才のときにインターネットでねぶたの写真に魅せられてね。当時のインターネットなんて遅いから、表示されてるのなんてほーんと小さい、こんな(といって指を3センチくらい開いてみせる)よ。でもね、すごいパワーを感じて、調べられずにいられなくなったの。
その後、アメリカに渡ってデザインを勉強して、大阪のデザイン会社で有名なデザイナーの話を聞きながら思ったの。そこで語れていること、全部ねぶたが実現してるって。それまでいろいろなところで学び勉強してきたことが、ねぶたではすでに全部実現できているってことに衝撃を受けてね、移住したの。
え?
青森市で仕事を探したけど見つからなくて。弘前で仕事を探したら、ようやく見つかったので、弘前で暮らすことにしたんです。でもね、弘前に来て初めてみた岩木山が大好きになってね。今は岩木山の絵を描いてるんですよ。
なんか、ご縁ですね。
そうですね。でも、当時は「Iターン」なんて言葉のなかった時代だったから、就職したあとも「ほんとは関西で犯罪でも起こしたんじゃないか」って真顔で聞かれることもあったよ。
まだ移住者が珍しい時代ですものね。特に単身の男性ですし。
いや、妻も一緒です。
え!?
妻と、生まれたばかりの息子も一緒に移住してきました。
奥さんの器の広さが果てしない。
あまりに動揺しすぎてハンバーガーの写真を取り損ねてしまった。
牛肉100%のパテにはつなぎは一切入っておらず、塩こしょうの味付けのみ。黄色みのあるバンズは柔らかだけどしっかりしていて、肉汁やソースをしっかりとキャッチ。大きな口でかぶりつく食べ応えと繊細な素材の味を同時に感じる豪快さはどこか井上さんらしさを感じた。付け合わせのポテトも小さめのジャガイモをざくざくと切って皮もついたままの素揚げスタイルで、ホクホクと美味しい。素材の良さを知っていて、それを自慢げに誇っているようだった。
地方の移住施策はどこでもやっているけれど、正直、いまだにローカルでは賛否両論だ。
空き家がどんなにたくさんあっても、誰にでも貸したいわけじゃないし、人口が少なければ少ないほど、ムラ化して、よそ者を受け入れられない。ましてや事例のない15年前の移住は本当に大変だったろう。
でも不思議と、井上さんに苦労の色はまったくなく、弘前と岩木山と、ねぶたが大好きでたまらないって笑顔が印象的だった。
プレミアムハンバーガーのカフェレストラン DUBOIS(デュボア)
青森県弘前市上白銀町1-10 2F
OPEN 11:00 – 16:00 / 金・土のみ + 17:30 -21:00
宿泊者は会員制バーで一杯。明治12年創業の国登録有形文化財、石場旅館
木枠に古そうなガラスのはまった扉を開けると、いそいそとお出迎えしてくれた。
スリッパを勧められるままに履き、すっかり日が暮れて雪も降り、冬の寒さも本気を出してきた廊下は冷え込んでいた。客室へ行く前にある「太鼓橋」や「らせん階段」のある場所は、時間の重みも相まって空間が歪んでいるみたい。ここはいったい何階なのか、建物の大きさが分からなくなる。(上の写真は朝に撮ったもの)
石場旅館に宿泊するのは実は二度目。
7月に家族旅行で弘前を訪れたとき、家族みんなで同じ部屋で眠りたいと思って、ホテルじゃなくて旅館を探した。
そのとき、ほーんとなんとなく、こちらに宿泊して、9月に友だちが短期移住したときも、宿泊先は石場旅館だった。だから、石場旅館の石場さんにお会いしたのは3回目ではある。
でも、(たとえばkimoriの高橋さんみたいに)個人的な話を長々としたことはほとんどなくて、今回も特に、インタビューしよう、みたいな気持ちをすっかり忘れてしまった。
確か宿泊者は利用できるバーがあったはずと思って、行きたい旨を伝えたら、用意ができたら部屋に迎えに来てくださるとのこと。
部屋に入ると驚くほどに暖かい。
カカンっと、石油ストーブが熱で鳴いた。
お布団ももう敷いてあって、真っ白なシーツが気持ちよさそうだ。
会員制のバーは、一度旅館の外に出る。
道に面していない方に、いわれて見なければ気がつかないほど小さな看板が出ており、インターフォンで石場さんが声をかけると、扉の鍵が開いた。
ウェルカムドリンクは、アップルワインとアップルジュースが選べる。
コヤナギさんにまたお会いできて驚きましたね。ご存じの通り石場旅館は繁華街の近くにあります。弘前城のある弘前公園へは徒歩3分くらいですし、となりのキリスト教教会も県の重要文化財でパリのノートルダム聖堂を参考に設計されたといわれていて、建物好きな観光客の方がよく訪れています。飲み屋の多い鍛治町までも歩いて5分とかからないので、ご宿泊のお客様にも弘前の街でお食事されることをオススメしているんですよ。
弘前は外食が美味しいですものね!
そうなんですよ。食べたいものや気分を教えていただければ、お店をご紹介いたしますので、気軽に聞いていただきたいですね。あと、あまり知られていないのですが、青森って温泉がたくさんあるってご存じでしたか?
あるんだろうなぁって感じはします。
実は湧出量は全国4位なんですよ。1位はおんせん県の大分、2位はおおきい北海道、3位は鹿児島県で、青森県は次いで4位です。ちなみに人口10万人あたりの公衆浴場数は日本一。青森で銭湯といったら温泉ですから、宿泊客の方にはお風呂も近所の温泉をご紹介しています。熱さ、ローカル度、露天など、希望をお伺いしたらオススメの温泉まで送迎しますよ!
ええっ、知らなかった、すごい。
温泉……、すごく行きたいんですけど、今日はちょっともう酔ってしまったので明日にしようかな。近所の温泉って何時頃からやってるんですか?
早っ!
寝ながらにして背筋が伸びるような冷気に鼻が冷えて目が覚めた。
外は思っていたより明るい。勇気を振り絞って布団を抜け出し、ストーブに火を入れたら、目にもとまらぬ早さで布団に戻ってきた。
なんか、ああ、この感じ、なつかしい。
コヤナギの出身は新潟市だ。いまはあまり雪も降らない土地だけど、子供のころはしっかり寒かった。母が起こしに来るまで、ズルズルだらだらと布団の中でねばっていたっけ。
カカカカカカン。
ストーブが急いで部屋を暖めようと、多めに鳴いた。
弘前市元寺町 石場旅館
青森県弘前市元寺町55
りんご農家のためのちょっといい剪定ばさみをつくる、三國打刃物店
〝クリエーターの移住体験〟にかこつけて、行ってみたいところがあった。
弘前といえばりんご、それに桜が有名なのだ。
弘前公園の周りを囲む桜の木は、りんご農業で培った高い剪定技術で、ヨコに張り出すように育つことが特徴。また、普通は5房花がつくところを8房もついてしまうモコモコぶりで、花が散り始めると……
お堀が花びらで敷き詰められる〝花いかだ〟が発生!
このピンクの絶景、弘前のりんご剪定技術があってこそ、なんだって。
剪定に欠かせないものは、なんですか!
そう、はさみです!
弘前で生まれたりんご栽培にも使う「剪定ばさみ」を作っている三國打刃物店さんにお邪魔したよ。
りんごの先手に使用するため、細くて生きている枝を切り落とすから、軽い力で切れるよう、特徴的なバネをしてるよ。
握り心地の軽さに驚いた!
そして、収穫しやすいよう弘前のりんごの木はヨコに張るように剪定されているのだけど、その作業をより楽々こなせるようにこういうタイプもある。
この絶妙な角度が手首をいたわってくれるんだって。
切りやすさのポイントのは〝独孤(とっこ)〟といわれる片刃。
片刃で、受ける方が枝を支えてくれるから切りやすいのだけど、左右のパーツがきっちり合っていないと使い物にならないため、両刃のはさみより難しいんだって。
湾曲した受ける方の刃は「カラス」と呼び、細い枝をとらえるのだ。
鍛冶職人の三國徹さんの作業は朝8:30の火入れから始まる。
炉に火を入れて、鉄の細長い板を熱して叩く。
ある程度の細さになったら型にはめて、機会で叩く。
昔はこの作業を木槌で行っていたので2人3脚の作業だったそうだ。
スピード勝負でなので呼吸が試されたことだろう。
絶え間なく、炉に火を入れるゴーーーーという音と、ハンマーで鉄を叩くカーンカーンカーンという高い音、そして油圧式の機械がゴウゴンゴウンとうなり声を上げ、鉄は徐々に成るべく姿に近づいていく。
いちばん右が作業してもらったもの。まだ熱で赤い。
取材のために片方の刃の掴む部分だけ作ってもらった。その後、右隣のように加工していって剪定ばさみができあがる。
わたしで5代目になります。幼い頃から父の作業を見てきたので、鉄を扱うことに怖さを感じたことはないですね。本当に自然に、鍛冶職人になりました。新しいはさみを作るのは1日に1つか2つで、修理が多いですね。りんご職人は一年中ポケットにはさみを入れて作業しているので、1年使うとけっこう錆びてしまうんですよね。修理はうちのはさみ以外のもでも対応しますよ。
はさみの他には鎌や包丁なども作っています。
とても口数が少なく、大げさに話すこともない三國さん。
修理を末はさみ達に、お客さん達からの信頼を感じたよ。
三國打刃物店
青森県弘前市茂森町170-3
OPNE 7:00 – 19:00
一泊二日の〝じょっぱり〟暮らし
濃厚な取材を駆け抜けるように終え、気がつけば帰りの飛行機に乗っていた。〝お試し移住体験〟なんていっていたけれど、すっかり取材したみたいな形になってしまった。あ、でもわたしにとって取材も日常か。
羽田についてコンビニに入ると、店員さんの言葉が冷たく感じた。
そうか、イントネーションが違うのだ。
弘前の方言は津軽弁という。
独特のメロディのようなイントネーションで、きっとなるべく方言を使わずに話してくれていると思うのだけど、あの抑揚の言葉が東京にないと気がついて、淋しい気持ちになった。
津軽弁で、好きな言葉がある。
「じょっぱり」というものだ。
有名な日本酒の名前にもなっている。
「頑固者」っていう意味だけど、やっぱりこれも標準語の「頑固者」だけだと説明不足で冷たい感じがするけれど、「見栄っ張り」「意地を張る」みたいな意味合いもあって、津軽の人々の気性をあらわした言葉だそうだ。
「頑固」とか「見栄っ張り」って悪い側面だけじゃない。
「武士は食わねど高楊枝」じゃないけれど、どんなにツラくても、逆に飛び上がるほど嬉しくても、ツンとすまして平気な顔をしてみせる粋な感じがするんだよね。
でもそれを「粋」とくくってしまうと、やっぱりちょっと違うんだ。
弘前で出会ったみなさんの顔を思い浮かべると、ほんとに「じょっぱり」という言葉がぴったりなように思い、それに憧れる。
困難だったこと、大変なこと、声を大にして誇りたいこと、いろいろあると思うけど、みなさんそれぞれになにかひとつは腹に収めているような含みを感じる。
一泊二日は短い〝旅〟だ。
でも、何ともいえない満足感があった。
あ。移住を前提にお話しを聞いたことで、暮らしをイメージできたからかもしれない。
それとも濃厚な取材疲れ? いやいや、これは疲れだなんて呼びたくない!
……どうやら一泊二日の〝じょっぱり〟暮らしが、できたみたい。
でもでも、まだまだ聞きたい話が山ほどある。
それに、ここに書き切れない弘前の魅力をわたしはまだまだ知っている。
次なるじょっぱり暮らしの予定を立てなければ!
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この記事は11,000文字ありました。
書籍にするとおよそ15ページ分です!
コヤナギの記事は写真もいっぱいあるから、本当に本だったあ倍以上のページを読んでると思う。
「活字離れ」とかいわれるけどさ、けっこう読めてるよね。
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