TRIP

流氷の上の、
タテゴトアザラシの赤ちゃん

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SUCCESS!

2月下旬から約2週間、かわいいタテゴトアザラシの赤ちゃんに出会うことができる。場所はもちろん、流氷の上。カナダ東部のセントローレンス湾の中央あたりだ。

自力ではとても行ける場所ではないけれど、ケベック州に準ずる「マドレーヌ諸島(Îles de la Madeleine)」のホテル「シャトーマドリノ」から「SEAL PUP-WATCHING」ツアーをやっている。ホテルの裏庭から水陸両用のヘリコプターに乗って1時間ほどだ。これをやっているのは世界中でここだけなので、ナショナルジオグラフィックスみたいな専門誌も、ここのツアーに参加する。安全に配慮した、新婚旅行にもぴったりなツアーなのに、冒険の気配も感じられる最高の体験だ。

2020年の3月3日、わたしはこのツアーに参加した。日本からは3つの飛行機を乗り継ぐ。まずはモントリオールに到着して1泊は必要。それからケベックシティに移動して、飛行機を乗り換える。最後の飛行機はケベックシティを発ったあと、ガスペという町を経由してやっとマドレーヌ諸島に到着だ。カナダ自体が遠いけれど、マドレーヌ諸島は更に遠い。だから、途中のモントリオールやケベックシティも存分に楽しんだ。アザラシウォッチングツアーに出られない日のマドレーヌ諸島の楽しみ方も紹介したい。

だけど、まずは、流氷の上で出会ったふわふわな赤ちゃんの写真を、惜しみなくここに掲載したい。

かわいさの前に情報は無力なのだ。

ホテルの裏庭から水陸両用ヘリに乗る

ホテルの宿泊プランは最低3泊から。アザラシウォッチングツアーは天候に左右されるため、あらかじめ日程は決まってはいるが流動的だ。冬の島の天気は不安定なので、3泊は妥当だろう。できれば5泊くらいは見て起きた。わたしは到着翌日にツアーの参加が決まっていたが、好天に恵まれ予定通りの催行になった。

オレンジ色のムスタングスーツを着込み、ストラップを締める。しばらくトイレには行けないだろう。ヘリコプターは酔いやすいと聞いたことがあるが大丈夫だろうか。口の中がカラカラになり、息がしにくい。期待が過ぎて、緊張に転じてしまっている、落ち着け。自分の繊細さに心配になったが、離陸して視界が開けたら、口から飛び出しそうだった心臓は静かになった。雪に包まれた島も、凍てつく海も、美しい。この貴重な一瞬を、目に焼き付けることに夢中になった。

一時間ほどで風景が変わり、流氷が厚くなったのが分かる。白いかけらに目をこらすと、転々となにか落ちている。……ちがう、これアザラシだ!

流氷のコンディションは天候に左右される。当たり前の話だけど。バラバラの孤島のように流氷が漂っていることもあれば、流氷が小さすぎてヘリコプターが上陸できないことだってある。そこに、アザラシがいないことも。

だからこれは奇跡だ。地平線のように続く真っ白な流氷の上に、たくさんの大人のアザラシが見えた。そこには白い赤ちゃんもいるだろう。これ以上ない好条件で上陸することができたんじゃないだろうか。

最初に出会った「プープ」

アザラシの赤ちゃんの写真を見ていて、みんな同じ顔なのかと思っていけれど、結構個性があるんだなと思った。赤ちゃんのそばには胎盤が落ちていた。氷の上では腐ることなく、凍るのだ。

今回出合った7匹のアザラシの赤ちゃんたちに名前(というかあだ名)をつけてみた。最初に出会ったこの子は「プープ」だ。アザラシの赤ちゃんに出会えた興奮で驚かせてしまい、うんちをしたから。驚かせてごめんね。

ママ圧強めの「ピエロン」

薄氷の上に寝そべった赤ちゃんが居るぞ、と思って近づいた。わたしの存在に気がついて振り返ると、右目の下の毛が少し抜けている。まるでピエロ化粧のようだから、君の名前は「ピエロン」だな、と思っていたら薄氷をやぶって海からおかあさんが飛び出してきた。成獣のタテゴトアザラシは全長2メートル近くあり、体重は120キロ程度と横綱レベルだが、そこに牙を持った母性が加わっているのだからかなり怖い。ステージママなら、良い仕事取ってきそうだ。

見返り美人の「ひしかわ」

写真で見るアザラシの赤ちゃんは、どうしても正面顔の印象しかないよな、と思っていたらナイスお尻を見かけて近づいてみた。するとどうだろう、こちらに気がついてチラチラ振り返る姿が美しい。「見返り美人図」もびっくりな優美さだ。君の名前は「ひしかわ」でどうだろう。チラッチラッと顔を出すおかあさんが怖いけど、振り返りざまがかわいすぎて目が離せない。とはいえ、おかあさんが飛び出してきたら一目散に退散だ。

びっくりしすぎて固まってしまった「プイプイ」

わたしたちが出会ったアザラシの赤ちゃんは、生後およそ一週間未満。生まれたては被毛に用水の色が残り黄色いが、3日ほどで雪解けのオゾンで漂白され白くなる。(この原理、越後上布の雪晒しと同じ!)「痩せたホワイトコート」と呼ばれ、赤ちゃんは毎日2キログラムずつ太っていき、あと3日もすれば「太ったホワイトコート」になって、首のくびれもない俵型になる。

痩せたホワイトコートは結構機敏だ。身体をくねらせて氷の上を這って移動するが、動きに予測ができないだけに、うかつに近づけない。(おかあさんも飛び出してくるし)

でも顔に個性があるように、性格にも個性があるようだ。近くにおかあさんの様子は見えず(とはいえ、必ず近くには居る)、我々が近づいても動じない赤ちゃんが居たので、お決まりの「赤ちゃんとのツーショット」写真のモデルになってもらった。わたしの番になり、個性的なヘアースタイルがかわいいなと顔をのぞき込んだ。人間にも動じないエンターテイナーなのかなと思ったら、ちがう。びっくりしすぎて固まっているのだ。その姿はモルカーを連想し、君の名前は「プイプイ」だ、と思った。

刺激しないように、ゆっくりした動きで写真を撮る。被毛に絡まる雪や、つぶさに動く真っ黒な目。あまり見えてないっていうけれど、確かに目で確認しようとしている。そこにはわたしが写っていた。

絵になりすぎる「ルネ」

コロコロ転がって遊んでいるようにみえる赤ちゃんを発見した。邪魔をしないように遠くから観察する。毛皮は白いけど、まだへその緒が残っている。顔をかいたり、転がったり。すると手を上げて空を仰いだ。その姿はまるで西洋絵画のよう。ルネッサンス文化が花咲いたのか。君の名前は「ルネ」がいい。

よく見ると鼻の穴に雪が詰まっていたので、腹筋で吹き飛ばそうとしていたのかもしれない。「コウメ太夫」の方がよかっただろうか。

「カワイイ」しか勝たん

次に出合った赤ちゃんは、とにかくかわいかった。眉毛の薄さ、髭の形、目の大きさと位置に頭の丸さ。どれをとっても完ぺきにカワイイ。かわいいしか出てこない。名前も「カワイイ」ちゃんで、いいじゃないか。

移動しない上にいろいろな表情を見せてくれる。もしかしてプロのアザラシの赤ちゃんなのかも知れない。いやいや、おかあさんを呼んでいるのだ。その泣き声をiPhoneで録画してみた。

身体は小さいけれど、さすが野生動物といった野太い声だと思った。モルカーみたいに、プイプイとは鳴かない。逃げるような動作を見せたので、これ以上は近づかない。カワイイちゃん、かわいかったよ。ありがとう。

母子の姿を収めさせてくれた「コール」

赤ちゃんの授乳は氷の上で行われる。ふだんは海の中で見守っている慎重派のおかあさんだけど、運良く授乳シーンが見ることが出来た。お乳にありつく赤ちゃんも嬉しそうだけど、おかあさんの方も気持ちよさそうだ。

アザラシの赤ちゃんはかわいいので、どうしてもそればかりに注目してしまうけど、この蜜月はたった2週間で終わってしまうらしい。だんだんと海でも泳ぎを教わるものの、その頃には白い毛がすっかり抜け落ちて、でもまだ漁は下手で、そんな状態でおかあさんは北海に帰ってしまい、赤ちゃんたちはサバイバル生活が始まるそうだ。見守ってもらって、呼んで、来てくれる。いまだけの幸せなひととき。おかあさんアザラシは怖いけど、やっぱり最後は一緒にいるところを撮りたいな、と思った。

たまたま近くにいただけなのだ。おかあさんの姿は見えないけれど、特徴的な毛の抜け方をしていて「アザラシの赤ちゃんの顔には個性があった」という写真になるかな、と思って撮り始めた。するとまた、ぐわーぐわー鳴き始めて、おかあさんを呼んでくれた。ありがとう、君の名前は「コール」だ!

「自慢の子どもです」って、いわれたみたい

ぬいぐるみではなく、野生動物

セントローレンス湾の真ん中に浮かぶ、真っ白な流氷の上のタテゴトアザラシの繁殖地。いくらツアーで訪れたとはいえ、ここは人間のテリトリーじゃない。ご飯が豊富でいつも暮らしている北海は暮らしやすいけれど、白熊やシャチがいるから、天敵から赤ちゃんを守るためにここまでやって来ているのだ。わたしたちが直接的な危害を加えないからといって、怖がらせてしまってはそれはすでに猛威だ。たった2週間だけの赤ちゃんの幸せな時間を、上手に見守りたいと思った。ここで出合った、プープや、ピエロン、ひしかわ、プイプイ、ルネ、カワイイ、コールはちゃんと大人になれただろうか。

いつかまたあの流氷の上で、海面から飛び出してくる彼女(彼?)に会いたい。

&Travelでの記事

https://www.asahi.com/and_travel/20210317/323764/

Special Thanks

このツアーはカナダはケベック州観光局の協力で参加することができました。