2017
12.11
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自由な女の戦う背中 —王道の観光地、自由の女神をフェリーで見に行く+1999.06.22

SIX DAYS NEW YORK HOLIDAYS!, TRIP


強い心で2015年12月上旬に行ったニューヨーク日記を書き始めています。

場所ごとに分けて投稿していたから、記事数多いので写真多めで、と、思っていたのだけれど。

 

自由の女神へいくのはこれで2度目。

初めて来たのは、初めてニューヨークに来たときの、最終日。

 

初めての海外で、誰も知り合いもいないまま、4日間だけホテルを予約して、ニューヨークへやってきた21才の頃。

観光ビザめいっぱい3ヶ月間、ニューヨークで暮らしてみる。それだけ決めてやって来た。

暮らすところや日々のお金に困りながら、たくさんの人に助けられて、過ぎてしまえばあっという間だった。

毎日必死で、全然観光なんてしていなかったから(いや、コニーアイランドとか遊びに行ったな)、超王道の自由の女神へいって、シメにしようと思って行ったんだ。

 

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観光客いっぱいのフェリー乗り場で並ぶ。

あまりに王道の観光地すぎて気に留めたことがなかったけれど、自由の女神像は世界遺産でもある。

3つの島に下船できる入場券付きでなかなかのお値段だ。

 

確か21才のときは、市民が利用する回遊フェリーに乗ったから、もっとずっと安かった。

1999年に訪れたときは一人だったけど、2015年はサユリちゃんが一緒だった。

観光客向けのフェリーとはいえ、12月のルーフトップは極寒。

太陽はこんなに明るいのに、めっちゃ寒い。

 

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でもせっかくの船なのに室内に入りたくない、ということで結果、この

船首の影がもっとも風の影響をうけず寒さをしのげた。

(暖かいとはいえない)

 

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ニューヨークはわたしにとって特別な場所だ。

初めて来た海外で、無茶をした思い出があるっていうのもある。

けど、いちばんニューヨークで感じることが出来て嬉しかったのが、そのままのわたしを、誰もが応援してくれたこと。

 

「敬語がなってない」

「デッサンが出来てない」

「もうすこし若ければ」

「東京出身だったら」

 

変えられること・変えられないこと。

東京で応援してくれるひとたちは、いつもひと言添えて応援してくれていた。

それは助言だったのだろうと思う。イヤミかも知れないし、優しさかも知れない。的を得ているかどうかは分からないけれど、いまの自分が足りていないことはよく分かっていたから、「ひと言」添えられているなんて気がつかなかったけれど、ニューヨークの路上で、おそるおそる、絵を広げたとき。

初めて無条件で褒めてもらえた。

 

別になにかの権威の人とか、そういうんじゃない。

普通に道をいく普通の人だ。

でもニューヨークではこうやって、何者かになりたくて声なき声を張り上げている人が多すぎるのか、応援する土壌が出来ていた。

 

「君の絵ならこの書店を尋ねるといい」

「友だちのVJにぴったりだから連絡先を教えろ」

「タトゥの絵柄に合うと思う」

 

渋谷の路上で絵を売っていて、買っていってくれる人はいたけれど、面倒見ようってひとにはあったことがなかったので、ニューヨークのひとたちがチップでもくれるみたいにホイホイと具体的な応援をくれて本当に驚いた。

アジア人で、みょうな格好をしていて、派手な絵を描いて、英語が話せなくて。

そんなわたしを、そのままで、応援してくれた。

 

その時初めて思えたのだ。

 

わたしはいまのわたしでもいいんだ。

 

あまりにも主張する人が多すぎて、多様性が飽和状態だから誰も助言や「ひと言」を添えたりしない。

「さあ行け」「じゃあやれ」っていうのがニューヨークのパワフルさだなと思った。

 

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自由の女神が見えてきた。

フェリーは回り込むように、自由の女神が住まうリバティ島につくので、行きの航路が「自由の女神からのマンハッタン」を撮るのに向いている。シャッタースポットだ。

ちなみに、自由の女神はマンハッタンを見てるんじゃなくてパリを見てるらしいよ。

 

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到着するとガイドなんかを渡され、ツアーを進められるけどパス。

とても人混みに揉まれる気分になれない。

 

でもでも、暖をもとめてとりあえずお土産屋さんへ直行。

ついでに小腹も満たしたい。

 

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お土産屋さんは定番から、緑色の冠を被っていればなんでもOKといった節操のないものまでいろいろ。

でも、かわいいものもたくさんあって、ついついお土産買わない主義者でも、ひとつやふたつ手に持って、レジに並んでしまうだろう。

小腹はフィッシュアンドチップスのトーチ(女神が右手に持ってるやつ)とクラムチャウダーをサユリちゃんとシェアして、さっそくカモメに狙われたりして。

 

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自由の女神は大きい。

彼女だけ撮っても比較対象がないから、お台場で撮ったと思われちゃ困る。

そのために、お土産屋さんで小道具を買って置いた。

 

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同じアホなら楽しんだもの勝ち、というのが信条である。

ちなみに、この写真撮ってる間、まわりの観光客にめっちゃ受けて、このトーチのタンブラーとグラサンが売れていた。

 

1999年に来たときは、ケータイなんてなかったから、フィルムのコンパクトカメラで自撮りしたような気がする。

8月生まれのわたしは、誕生日をルームメイトのおじさん(20才年上のアフリカ系黒人アーリー)とビリヤードして過ごし、22才になった。

金髪に染めて、黒いノースリーブ着て。

いろいろあった充足感と、だからといってなにも変わっていない不安と、日本に帰って会いたい人たちに会える喜びでいっぱいだった。

 

あれからザッと20年。

いろいろあったなぁ。

 

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自由の女神は、パリからやって来た。

 

足元の鎖を引きちぎり、目の前を照らして自らの道を歩き始める自由の象徴だ。

フランス革命の時に女性名詞である「フランス」を民衆の元に戻した象徴マリアンヌだという説がある。

 

自由って、責任だと思う。

選択をして、それに納得し、責任を持つことが自由だ。

 

わたしは20年だけど、彼女なんてザッと130年だ。

そんな自由をずっと牽引してきた女の背中って、なかなか貴重なんじゃないかなって気がした。

 

 

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思い出フィルターを通して遠くの彼女の背中を眺めていると、ふと、間近に視線を感じた。

 

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過去も未来もいいけどよ、まずは、足元。気をつけろよ。

 

そんな風に言われた気がした。

 

 

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帰りのフェリーからブルックリンブリッジが見える。

 

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前日(日記書いたのが2年前だけどこの日の前日なのよ)にあの橋、渡ったなぁ。

 

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次、彼女に会えるのはいつだろう。

定番の観光地だからこそ、きっとまた、彼女の元に来ると思う。

 

そのとき思い出すのは、どっちのわたしだろうか。

 

 

 

これから投稿していくニューヨーク日記の一番下に、1999年のわたしが書いたNY日記を転載していこうと思う。

初めて作ったホームページから、JUGEM時代のブログにサルベージして、2回目の転載。

デジタルはコピペできるからいいな。

 

つたなくて、生意気で、やりきり力の足らなかった21才のわたしの日記は途中で終わってしまっているけれど、なくしてしまわないように、ここにこっそり転載していこうと思う。

 

 

自由の女神像 Statue of Liberty

正式名称:Liberty Enlightening the World

Liberty Island New York, NY

OPEN 8:30-16:00

↓このINDEXはグレーのタイトルをクリックでたためるよ。

SIX DAYS NEW YORK HOLIDAYS! INDEX

 

1999.06.22着いたよ

※この日記は21才の私が無謀渡米したときのアーカイブです。

 

日本をでたのが夕方17時頃。ニューヨーク着いたのが23時頃。
あらあら。案外と近いのね。って、そんなわけはない。
時差をどう進んできたのか、難しいことは分からないけど、経由便でアメリカにはポートランドオレゴンから入った。

私の荷物はけっこう多く、海外旅行者にしては奇抜な鞄だった。
機内に持ち込んだインド系肩掛けかばんときんちゃく(ビデオが入ってる)、預けた水色のでっかいボストンバックとかバックパックではない大きな手提げかばん。それと780円のピンクのカート。
「荷物が多かった上にかばんがダウト」と成田でも思った。

海外旅行や国際便に乗るのが初めてでも、旅のお供はウオークマンと、これいかに。それくらいは心得ている。
しかし!あいたた!!
私としたことが預けた荷物の方にウォークマンを入れていた。
そのことに日本→オレゴン間で気が着いた。
オレゴン→ニューヨーク間はウオークマンが聞きたい!!
まんまとオレゴンに降りたとき、通路で荷物の運び込みもしていた。
日本人らしきスッチーも一緒だ!!

「すいませーん。ウォークマン出したいんですけど…」
「what?」
外人だった…。

「この荷物は私の荷物です」
「中にあるウォークマンだけ出したい」
「なんならウォークマンが入ってるこの荷物は機内に持ち込む」
…って、英語でなんていえば言いわけ?

しかもあっちも客商売だからあー優しい!
受け流したり邪見にしたり「あっちいってろ」とは言わない。
私が何を言わんとしているのかジーッと持っててくれる。
(受け流してこの際追いやって欲しいと初めて思った)

「もういいです」も思い浮かばずオタタしてるとそこに「どうしたんですか?」の、女の子の声。

異国の地1人目の女神カナちゃんだった。

なんにでも縋りたい思いでコトのいきさつを話しカナちゃんに通訳してもらった。
スッチーと私のやり取りを聞いて集まってきた2.3人の関係者から帰ってきた言葉は「乗り換えの時に荷物を開けたり出したり出来ません」だった。
何でも良かった。この際。良かった…。

カナちゃんは良くみたら日本→オレゴン間で私の前に座ってた娘だった。
以前こっちに留学していてお父さんのデルタマイレージがたまったのでタダで来たのだと言う。
お互い乗り継ぎ便が出発するまで2.3時間あったのでおしゃべりしたりおやつ買ったり、ジュース飲んだりした。「機内でも喋ってれば良かったね」って、ホントに思った。(今も思う)

カナちゃんと別れニューヨーク行きの飛行機に乗ると隣に座ってる日本人の女の人に、早々と声をかけられた。長野で看護婦をしているらしい。彼女の名はユウコ。元気のよさそうなオーバーオールが印象的。歳は不明。(笑)

「ニューヨークはね、ずっと憧れだったの。」
さすが看護婦さんと言うか海外旅行は何度か経験しているけどニューヨークは初めてらしい。

インターネットで調べたニューヨークに関する予備知識(観光名所もそうだけど、治安の悪いところやチップについて 書いてある)モノを見せてもらった。やがてそれらを見るのにも飽きて通路側に座る私はユウコの先の窓を見た。「飛行機好きなの?替わってあげるよ」ありがとうユウコ。私は窓に釘付けになった。

ニューヨークに着くと前に座ってた 女の子(日本人)姉妹が私とユウコに声をかけてきた。

「マンハッタン市内まで行くんでしたら一緒にタクシーの乗りあいしませんか?」

おっとりして若気で可愛い姉とキリキリハッキリとしっかりした妹。(ごめんね、名前を覚えてない。私達のコトだ!と思ったらメールください)初めてのJFK空港は夜で電気は消えまくり、ただただだだっ広くて荷物受け取り所までもユウコ達の後を着いていくのが精一杯だった。いつかまた来るときのために覚えておこうと思ったけど、無理だった。

噂のイエローキャブに乗り込み、なんか良く分からん理由でブルックリンブリッジは渡れなかったけど、夜のマンハッタンはきれい。キャブの兄さんはすごくいい人で観光案内までしてくれた。何言ってるかわかんなかったけど。姉さんがマスカットガムをみんなに配りみんなでガムを噛んだ。風が気持ち良かったけど、ちょっと風が強かったから、窓を閉めた。

マンハッタンに着いてグランドセントラルあたりでまず姉妹が降りた。キャブの中だけのおつき合いだったけど、ホントに楽しかったし嬉しかった。

「良い旅を!」そう言い合って再会の約束はなく別れた。ありがとう。タイムズスクウェアをもうちょっと上がったあたりでユウコが降りた。
「ユウちゃんの本、日本に帰ったら探すね!応援するから!日本に帰ったらFAXちょうだい!」
「わかった!ありがとう!!」
また、良い旅を、と言い合って別れる。
ごめん、ファックスは未だにしていない。

私のホテルにはまだ着かない。
ブロードウェイをどんどんどんどん上がっていく。
道も淋しくなってきた。
「え?私、サラワレてんじゃないの?」などと、さっきまで笑いあってたキャブ兄さんを疑う程北上。北上。チップのコトやらこの兄さんを疑いながらひたすら北上。

やっと着いた先はHISで私の担当になった姉さんも心配した激安ホテルマリブステューディオ。
ブロードウエイの103丁目。
公衆電話にたむろする若い黒人。こわー。
ほとんど英語のしゃべれない私をキャブ兄さんまで心配する。
チップを渡してホテルに入るまでキャブ兄さんは私を見送ってくれた。ありがとう。

ドキドキとフロントに着き何も言わず(言えず)ホテルのチケットを出し、キーをもらった。
部屋は2階のブロウドウェイ側。あるのはベットと机だけ。テレビも電話もない。
(ホテルなのか?ホテルと呼んでいいのか?)
唯一、共同と言われたお風呂とトイレが室内にあったのが助かった。

やたらでかいベットに寝転び、荷物を出した。
このホテルに8.900円も出して4泊もするのはちょっと馬鹿げてると思った。
寝るしかないので取り合えず寝ることにした。
これから部屋を探さなきゃいけない。
どこをどうやって探すのか。
不安ばかりがつのった。
英語もわかんないし。
友だちもいないし。

日本を発つとき、彼氏からもらった手紙を読み返した。

「1つの事を長くやっているとどうしてもマンネリ化しちゃうけど
優は常に次へ次へと進化して行くので
ニューヨークへ行ってもその心意気を忘れずに
物おじする事なくぶつかっていって下さい」

いきなり、淋しくなって泣いた。
そして寝た。

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コヤナギユウ

デザイナー、イラストレーター、エディター。
yours-store代表、東京ナイロンガールズ編集長。このブログの管理者

 

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